SHADOW 主人の不在 2026年 6月 30日 午前中に堅が外出したが、スマホを忘れていってしまった。 オレンジ色のスマホが、充電器に刺さりっぱなしだった。 黒いフレームの眼鏡も、赤いフレームの眼鏡も眼鏡ケースに入れっぱなしだ。 堅が行き先を告げなかったのは珍しかったが、千和も戸次も気に留めなかった。 昼食の時間になった。 堅は戻らない。 外食でもしているんだろうか。 二人は適当な昼食を済ませた。 夕食の時間になった。 まだ堅は戻らない。 …行き先を告げる術は自宅に放置してある。 千和「……変だな」 千和「兄貴、遅くねえか?」 千和「どこほっつき歩いてんだ?」 夕食は三人前作ってある。 戸次「…。」 戸次「とりあえず食べちゃうのは?」 千和「おいおいおいいいのかよ」 千和「兄貴一人で食べさせんのかよ」 戸次「どっかで食べてるかもしれないでしょ?」 戸次「それに連絡あったら電話かけてくるでしょ」 戸次「財布は持って出てんだから、公衆電話あるでしょ?」 千和「うう〜ん」 千和「そんなにあったか?公衆電話」 千和「もう全然みかけねえぞ」 戸次「あ、そっか…スマホあるから」 戸次「……。」 戸次「とりあえず食べちゃおうよ?」 戸次「お腹すいた状態で待つのキツくない?」 千和「……ま〜……」 千和「いっか」 連絡手段がないので、キリがない。戸次の言う通りだ。 夕食の後はお風呂の時間だ。 いつも順番はじゃんけんで決める。 今日は戸次が千和に順番をゆずった。 千和「……。」 千和「いいのかよ」 千和「兄貴いねえぞ」 戸次「帰ってきたらオレがご飯あっためとくよ?」 千和が風呂に入っている間に堅が帰ってくる想定だ。 千和「う〜ん…」 千和「そうかよ」 千和はしかめ面のまま浴室に入っていった。 堅が帰ってこないまま、戸次も風呂を済ませることができてしまった。 23時過ぎになった。 堅は帰ってこない。 いつもなら寝る時間だ。 千和「……。」 戸次「……。」 大黒柱の不在に、番犬二匹は本格的に不安になってきた。 千和「…どこにいんだ?」 戸次「わかんない」 戸次「全然検討もつかな」ガチャ… 扉が開いた。 堅が帰ってきた。 千和がさっと堅をみたら、うなだれていた。 ひどく疲れた顔に見えたが… 堅「ただいま」 堅「すまん、連絡なくて」 申し訳なさそうな顔だった。 千和「ほんとだよ、おい」 千和「どうしたんだよ」 堅「いや…」 堅「ちょっとな、…」 堅の沈黙に、二人も呼応した。 こういうとき堅に本音をいわせるには忍耐が必要だ。 堅「…ホテルでゆっくりしてきたんだ」 千和「ホテル?」 堅「…ああ」 堅「ラブホテルだけど、一人でも使えてな」 千和以上に戸次がギョッとしていた。 堅「息抜きしたかったんだ」 堅「すまん。時間を忘れたくてスマホを置いていった」 千和「なんだよ、そういうことかよ」 千和は安心したようにニヤッとした。 千和「飯食ったか?」 堅「ああ、外で食べてしまった」 堅「余っちゃったか?」 千和「つくったけどいい。明日の朝食え」 堅「ありがとうな」 夫婦の会話を、戸次は邪魔せずじっとみていた。 どうしたんだろ。めっちゃ気になるけど。 しかし、いまや戸次より堅を知っている伴侶がいる。 信じて託すことにした。 2026年6月30日