SHADOW

遠隔の抱擁

2026年 3月

戸次は相変わらず「接触」恐怖症だ。 毎日硬いフローリングの床に寝そべって、ぼんやりと髪を…… …あまりにも長い時間、異界の放浪を続けて伸び切った髪の毛先をいじっている。 堅はそんな戸次を暗い表情で見つめていた。 10年前の戸次ならいつでも無駄話を始めたのに…… 10年間。 積もる話があるはずだ。 なのにあのおしゃべりな戸次が、黙りこくっている……。 戸次に触れようと少し試みてしまったこともある。 しかし戸次に「浮気はダメ」と牽制されてしまった。 10年前と同様、千和を尊重しているようだ。 ………抱きしめてやりたい……… ……。 …これはただの、俺の欲求でしかないのかもしれない… 10年前と変わらず、堅の内省癖は回り出した。 そんな様子を妻 千和がみつめていた。 千和が真顔で、床に寝そべる戸次に歩み寄った。 千和がいきなり戸次を抱きしめた。 自分の胸に戸次を抱き込んでいる。 苦しむ堅にやっていた包み方そのままだ。 戸次「?! え?!何?! 何?!?!」 千和「黙ってろ」 堅は唖然としてみていた。 そのまま戸次の髪を撫でながら抱きしめ続けている。 戸次は腕を宙に上げたのだが、千和の体に巻き付けなかった。 引き剥がすために接触すべきか、応答するように抱き返すか正解が分からないようだ。 結局30秒ほど宙に手を泳がせたのち、パンと降ろしてしまって千和の好きなようにさせる姿勢になった。 戸次は完全に赤面していたが、茶化すように笑う癖も、困った時の唇を尖らせる癖も出さず、真面目な顔でなすがままにされていた。 堅はぎょっとした顔でその光景を観察していた。 ………俺を抱きしめている時ってこういう感じだったのかな……… 結婚までしているので、千和を戸次にとられたと焦ったり嫉妬したりはしな…… ……あ、いやちょっとする……… かれこれ5分くらい抱きしめていたように見える。 戸次は完全に赤面していた。 千和が戸次を解放した。 すると堅に向き直って、今度は堅を抱きしめた。 堅「?」 堅「??」 堅「千和?」 千和「間接ハグだ」 千和「多分こういう触り方したいだろうなっていうのはやってみた」 堅も戸次も驚愕した。 沈黙が流れる。 千和は黙って篠原を抱きしめ続ける。 堅「千和」 真剣な声だ。怒っている。 堅「やめろ」 千和はやめようとしたが離れられない。 堅が千和の胴体を強く抱きしめて拘束していた。 堅「人形になるな」 堅「もうお前は誰かの代わりになるな」 堅「わかったな?」 堅は千和を強く抱きしめながら目を合わせた。 かっこつけモードに入っていた千和が怯んだ。 顔を赤らめながら答えた。 千和「………」 千和「…………うん」 そのまま堅は千和に軽く口付けすると、千和の頭を自分の首元に抑え込むように抱きしめた。 千和は赤面しながらされるがままになった。 戸次「あのー」 戸次「いちゃつかないで〜?」 千和「黙れ」 千和「兄貴、今夜はおれを抱け」 千和「手加減すんなよ」 堅「分かった」 戸次「っっっねえ!!!!ちょっとなに!!!!」 戸次「私たち今夜ヤリますとか言う?!?!人前で?!?!?!」 千和「うるせえなボケ」 千和「ドア閉めっからな」 千和「ドア貫通して聞かせてやるよ兄貴のよがり声をよッ!」 堅「俺のなのか…」 戸次が抗議の鳴き声をあげた。 当然これはハッタリだったので、その晩夫婦は何もせず寝た。
2026年4月25日