FANG

新月をみつめる

2017年

(篠原と戸次が「接触しないまま想い続ける」覚悟を固め、窓ガラスを一緒に見た日の後。 堅は千和に黙って戸次と背中合わせの逢瀬を続けてしまっていた。 千和は篠原の中に強烈に戸次が残り続けている事実を受け止め、篠原に黙って寂しい表情を浮かべていた。 あることがきっかけで堅が千和を蔑ろにしていたことに気づき、反省して千和と関係修復を試みる。) 千和と堅が一緒の布団に寝て見つめ合っている。 堅が千和を抱き寄せていた。 いつも千和が堅を抱きしめるのと逆の構図だ。 しかし… 千和「もしオレが壊れてたら……」 千和「………今兄貴に抱きしめられるのは嬉しかっただろうな。」 堅は至らなさを思い知った。 千和「おれは難しいぞ?」 千和「壊れてねえし欲しがりもしねえ」 千和「オマケに隙も無え」 堅「じゃあ隙がうまれるまで見張ってる」 堅「寝てても見張る」 千和「できんのかよお前に」 堅「お前にできるなら、」 堅「俺もできるだろ」 堅「………兄貴だからな」 千和は堅に背を向けた。 堅「おい……」 堅「………これじゃ寝てるのか分かんねえな」 千和「レッスンだ」千和の口元はニヤリと笑っている。 千和「おれの真似してみろ」 堅「お前の真似…?」 千和「忘れたのかよ」 千和「じゃあ失格だな」 千和「やっぱ兄貴はおれを超えらんねえよ」 忘れたのかよ。 堅は宙に視線を泳がせ…… …気づいた。 千和の背中に胸をつけた。 そのまま千和の体に腕をまわす。 千和「正解だ」 堅「………判定が甘過ぎる。」 堅は千和を強く抱きしめた。 千和「おい……」 千和「おれ、そんな強くしてない……」 堅「してた。」 千和「わかんねえだろチカラで感覚切ってたんだから」 堅「わかる。」 堅「…お前が力を中和していた」 千和「、」 堅の腕の力が強くなった。 千和のうなじに何か触れた。 吐息を感じる。 千和「っおい!」 千和「それは絶対してない!」 千和「おれはキスしてねえぞ!!」 堅「………」 堅「…………これがお前の力だ」 千和は言葉に詰まった。 うなじに堅の唇と牙が触れ続ける。 千和は赤面したまま体を丸めた。 恥ずかしかったからだったが、千和はすぐ別のことに思い至った。 ………20歳の堅も同じ姿勢だった。 千和「……この姿勢………」 千和「すっげーー苦しいな………」 千和「……大の字になれって言えばよかった」 すぐ堅の胸から腹にかけての傷を思い出した。 千和「………無理か………」 堅は千和のうなじに触れ続ける。 千和「………」 堅はがっしりと千和を捕まえている。 ……… ………逃げなくて、いいのかな……… 千和「おれ………」 千和「勝ちたい奴がいるんだ………」 うなじから堅の感触が消えた。 千和「………そいつ………」 千和「………おれからお前を取ったんだ………」 千和「………おれのほうが先に見てたのに」 堅の腕の拘束が緩んだ。 直後、引き締め直した。 千和「……いや………」 千和「違った」 千和「おれがお前から目を離したんだった。」 千和は一度堅を見放して鳥本のルームメイトになっている。 千和「捨てたのはおれのほうか……」 千和「………兄貴は辛いままだったのにな」 堅「千和。」 堅「自分の話をしろ。」 千和「?」 堅「主語を俺にするな。」 堅「……お前の話が聞きたい」 千和「おれの……」 千和「………おれの?」 千和「……わかんねえよ」 千和は黙り込んでしまった。 堅はそれを受け入れて、千和を抱きしめ続けた。 唇は千和のうなじにつけたままだ。 千和はおずおずと、聞きたかったことを切り出した。 千和「…おれは兄貴に聞きたかったことがある…」 堅「なんだ」 千和は、自分の腰に巻き付いている堅の腕に自分の腕を重ねた。 離されるのが怖かったからだ。 千和「……なんで戸次と付き合ったの」 堅は”ついにきたか”という感じの渋い表情をしたが、背を向けている千和にはわからない。 堅「…そうだな……」 堅はなぜ自分が戸次に惹かれたのか客観視を試みて、壊れた時代の記憶を引っ張りだそうとした。 しかし、いまや完全に封印している時期の記憶だ。 堅は苦しみ出してしまった。 千和「ごめん、話さなくていい」 千和「おれには関係ないし」 堅「あぁ…」 堅は千和のうなじに額を押し付けて、落ち着こうとした。 堅「……これは宿題にさせてくれ」 千和は不安でいっぱいの表情になった。心配している。 千和「いいよ、別に」 堅「やめないからな…」 堅「俺も知りたいことだからな」 千和「…わかった」 堅があえて自分を削るような行いなので内心やめてほしかったが、千和は了承した。 堅「…そうだ」 堅「戸次に指摘されたことがある」 堅「………俺は人格が2つあるように見えるらしい」 千和「?」 千和「なにそれ」 堅「多分、多分だがもっとだな…」 堅「3人……」 堅「いや、客観視してる俺を含めて4人………」 千和「どういうことだよ?」 堅「いまこうやってお前に自然体で話してるのが1人目」 堅「戸次さんや父の前で丁寧語を使って奴隷みたいになるのが2人目」 堅「戸次さんに高圧的に命令するのが3人目」 堅「……そいつら全員を観察しているのが4人目」 千和「………」 千和「分けて数える必要なんかあるかよ?」 千和「兄貴は兄貴だ」 堅がふっと千和の瞳をみつめた。 堅「………」 堅「…そうだな」 堅は自分の過度な内省癖を反省した。 堅「それはそうとお前は2人いる」 千和「え?おれ?」 堅「本当の自分を隠してるだろ」 千和「おれはおれだ、本音以外言わねえ!」 堅「あー、わかった、わかった」 堅「でも"母さん"のために人形になろうとしただろ?」 千和「……うーん……」 堅「………だから俺達のオブジェクトは血液だった…………」 堅「自分をモノ扱いしてたから………」 千和は、都合の悪い事実を突きつけられたような表情になった。 堅は改めて”妹”を強く抱きしめて、うなじを唇で愛撫した。 物置に”妹”を保護して、赤く染まった瞳をもつ互いを観測した日を思い出していた。
2026年4月25日