NULL

葛城正親編

結婚指輪の選定

1990年

時子は正親に結婚指輪を選んでほしいと要求した。 いつも時子の希望に沿ってばかりなのでつまらないのだという。 時子「たまにはあなたの趣味をみたいですわ」 時子は面白そうにしていた。 "たまには"で選ばせるのが「一生身に着けるもの」なのだから豪胆なものだ。 高級ブランド店で、正親は1人ディスプレイを眺めた。 店員には下がらせたが、スタッフルームに控えただけだ。同じ建物にいることには変わらない。正親にとっては実質意味がないが、「建物から出ていけ」と意味不明な要求をするクレーマーにはなりたくなかった。 …………。 どれも同じにみえる………。 本当にどれもがどうでもいい………… …………まさか………。 やられた……… これまでの人生で、他人の欲望を鏡のように反射し続けた。 そうすれば最も容易く相手を操れたからだ。しかし、最も愚かしい人間になっていたとは。 「自分で選ぶ」ということが分からない。 あの女……… 頭にくる……… 正親は、全ての指輪を一旦一式ずつ箱に入れた状態で取り寄せて、ランダムで選ぶことを考えた。神に選ばせる算段だ。しかしこれでは時子の希望に応えたことにならない。 うっかり店員の記憶を読み取りかけて、必死で意識を逸らした。指輪を選ぶコツを学んで対応するのも誤りだと直感した。 仕方なくカタログをもらった。 適当に外を歩いて落ち着ける場所をみつけ、座った。 ため息をつきながら、足を組みその上でカタログを開いた。 「無音」の空間に出向かないと、正親は自分でいられない。 …………。 煌びやかな指輪の写真が続く。 …………………。 こんなに「読む」のが難しいとは……………。 正親は人生で初めて「自分を読む」という最も難解な能力の使い方に挑んでいた。 挑んでしまっていた。 それも誤りだということに気づかずに。
2026年4月2日